「スイス政府民間防衛」より。新しい戦争。その名も「乗っ取り戦争」

第一段階「工作員を送り込み、政府上層部の掌握。洗脳」
第二段階「宣伝。メディアの掌握。大衆の扇動。無意識の誘導」
第三段階「教育の掌握。国家意識の破壊。」
第四段階「抵抗意志の破壊。平和や人類愛をプロパガンダとして利用」
第五段階「教育や宣伝メディアなどを利用し自分で考える力を奪う。」←いまここ
最終段階「国民が無抵抗で腑抜けになった時、大量植民。」 ←もうすぐここ


麻生叩きはモロにこれでした

「民間防衛」P256
その目指すところは、政府と国民との離間をはかることであって、そのためには、刃向かう者すべてを中傷し、それに対して疑惑の目を向けさせることが必要である、と考えている。
そこで、連邦政府や州当局の有力者が特に狙いをつけられることになる。これらの要人に対して疑惑の目を向けさせることによって、政府の権威は根底から覆えされていくのであって、国民がこれら当局者を信頼
しなくなったときこそ、国民を操縦するのに最も容易なときである。

保守釣って離間工作する、そこまでいって委員会みたいなものもありますしね

「民間防衛」P259
新聞、出版物、ラジオ及びテレビは、このような心理戦争の段階に於いては、まさに決定的な役割を果たすものである。
そのため、敵は、編集部門の主要な個所に食い込もうとする。われわれ国民はこれに警戒を怠ってはならない。
敵を擁護する新聞、国外から来た者を擁護する新聞は、相手にしてはならない。われわれは、われわれの防衛意識を害するあらゆる宣伝に対して抗議しよう。

56 名前:Trader@Live![sage] 投稿日:2009/09/20(日) 15:41:26 ID:vjcKXxnc
»52
スイス政府民間防衛

以前から読もう読もうと思っていたけど、もっと早く読んでおけばorz

60 名前:Trader@Live![sage] 投稿日:2009/09/20(日) 15:44:10 ID:KuZbx6GU
»56
民間防衛はいいですよ、災害対策から侵略者への抵抗戦まで
ほんとうに民間レベルで出来る防衛方法を幅広くカバーしてありますw
金払ってでも取り寄せるべき本のうちの一つかも。

bb

「山奥には猫又という肉食の怪獣がいて、人を食べるらしい」と、誰かが言えば「この近所でも、猫が猫又に進化して、人を襲ったらしい」と、言う者もいた。油小路にある行願寺の近くに住む何とか陀仏という連歌好きな坊さんが、それを聞いてしまって、「一人でうろつく私などは用心しなくては」とビビっていた矢先の事である。一人で夜道を、ドブ川に沿って歩いていると噂に聞いた猫又がいるではないか。猫又は狙いを定めて足下に突進し素早く飛びつき首を引き裂こうとした。びっくり仰天して逃げようにも腰砕けになっていて、ドブ川に転げ落ちた。「助けて。で、出た。猫又、猫又が出た」と叫んだので、近所の住民が懐中電灯を灯しながら駆けつけた。灯りを照らしてみると、この辺の名物坊主である。「なんで、そんなに無様な姿を晒しているのですか?」と、引っ張り出せば、連歌の懸賞で貰った小箱や扇がポケットから飛び出してドブ川に浮いている。崖っ淵から生還した坊さんは、血圧が上がったまま帰宅したのであった。

実は、愛犬ポチが暗闇の中、ご主人様の帰りが嬉しくて尻尾を振り振り抱きついたそうだ。

interglacial:

人口学は興味深いですな。

読売新聞

tsukimori:

身を寄せていた神奈川県内の親類宅から汽車を乗り継ぎ、やっとの思いで浜松駅にたどり着いた古橋広之進は、ぼうぜんと立ちつくす。街も山も空襲などで焼き尽くされ、友達の家を訪ね歩いたが、誰もいない。親類が防空壕の中で亡くなったことを知らされた。「人の命なんてはかないものだ」/故郷・浜松は、第2次大戦中、国内の地方都市では他に類を見ないほど、激しい攻撃を受けた。当時、市内や周辺地城に軍需工場や航空基地があったことで、攻撃対象となったと推測されていた。だが、真実はもっと残酷だった。/戦後、浜松への攻撃とその効果について、米国は「戦略爆撃調査団資料」をまとめた。そのマイクロフィルムを分析した愛知大教授の阿部聖は、研究を進めるうち、その悲劇にがくぜんとする。/太平洋から侵入しようという米空軍は、東京方面に行く場合にも、名古屋方面に行く場合にも、浜名湖上空から入った。湖が目印となりやすかったことと、来空軍が東西どちらに向かうか、日本の守備を最後まで迷わせるためと推測された。/来軍は、爆撃が終わると、八浜名湖上空を通って撤退。その際、投下し損ねた弾薬や積み荷を浜松に落とした。「いくつかの攻撃目標の一つで、その最終地点に位置していた浜松は、攻撃の最後に都合の悪いものを″捨てる″のに適していたようだ」と阿部は分析する。事実、米軍の日本爆撃作戦司令官だったカーティス・ルメイは戦後、その著書の中で「(機械的な問題が発生した時に)浜松に積み荷を捨てるよう指示した」 「爆撃終了のゴミ箱たった」と書いている。/故郷の新潟から浜松に移り住んで二十数年。阿部は「外様の自分にとって、浜松の人々が受けた悲しみの深さは、研究のためでさえ踏み込むのをためらうものだった」という。

tkymemo:

飢餓と戦争があいついだ日本の戦国時代、英雄たちの戦場は、人と物の掠奪で満ちていた。戦場に繰り広げられる、雑兵たちの奴隷狩り―。まともに耕しても食えない人々にとって、戦場は数すくない稼ぎ場だった。口減らしの戦争、掠奪に立ち向かう戦場の村の必死の営み。やがて、天下統一によって戦場が閉ざされると、人々はアジアの戦場へ、城郭都市の普請場へ、ゴールド・ラッシュの現場へ殺到した。「雑兵たちの戦場」に立つと、意外な戦国社会像が見えてくる。

イタリア人とフランス人が好色でスケベというイメージは本当だった、と証明する写真

2009年07月10日 23:57

国民性の違いをネタにした民族ジョークと呼ばれるものがあります。

例えばイギリスなら「紳士・食事がまずい」、日本なら「金持ち・カメラ」と言ったように、ステレオタイプな決めつけを前提にジョークが作られます。

そして愛、好色、スケベと言った恋愛・色ごとに関することになると登場するのが、イタリア人とフランス人。

そのイメージは本当だったと如実に表している写真がありましたので、ご紹介します。

左から、カナダのハーパー首相、アメリカのオバマ大統領、フランスのサルコジ大統領、イタリアのベルルスコーニ首相。

フランス人とイタリア人01

なんと分かりやすい…。

G8サミットのような公の場でさえも、ふとした仕草や視線で女性好きの度合いがにじみ出てしまうようです。

フランスのサルコジ大統領は元スーパーモデルのカーラ・ブルーニ夫人と再婚しましたが、イタリアのベルルスコーニ首相に至ってはヌードモデルとの不倫やトップレス女性たちと別荘パーティなど、セックス・スキャンダルが絶えません。

ちなみにベルルスコーニ首相の年齢は72歳です。

国のトップがそうだからといって国民が皆そうとは限りませんが、スキャンダルを国民がある程度許容してしまうあたりに、さすがは女性を口説かないのは失礼と言う文化だと感じてしまいます。

http://labaq.com/archives/51222389.html

(via santapapa)

主人がある家には、他人が勝手に入って来ない。主人のない家には通りすがりの人がドカドカ押し入る。また、人の気配が無いので、狐や梟のような野生動物も我が物顔で棲み着く。「こだま」などという「もののけ」が出現するのも当然だろう。

同じく、鏡には色や形がないから、全ての物体を映像にする。もし鏡に色や形があれば、何も反射しないだろう。

大気は空っぽで、何でも吸い取る。我々の心も、幾つもの妄想が浮かんでは消え、消えては浮かぶ。もしかしたら、心の中身は空っぽなのかも知れない。家に主人がいるように、心にも主人がいたら、妄想が入り込む余地もないだろう。

twitterに生息する美人を取り上げるブログです。いろんな各方面のtwitter美人を集めてきましたので、気になっちゃった人は、是非フォローしてくださいね♪
 一八三〇年代までには、科学者の大半が、すべての測定結果は、多数の偏りの原因に支配された、そしてそれゆえ誤差法則に支配された、一種の合成物であると考えるようになっていた。かくして誤差法則と中心限界定理により、データそのもの、そしてデータと物質世界との関係を、新しい目でより深く理解できるようになった。
 そして一九世紀になると、人間社会に関心をもつ学者もこれらの概念を理解し、驚くべきことに、人間的な特徴や行動の違いがしばしば測定誤差と同じパターンを示すことを知った。そして彼らは誤差法則を物質科学から新しい人事の科学へと、応用範囲を広げようとした。
たまたま 日常に潜む「偶然」を科学する』(レナード・ムロディナウ/ダイヤモンド社) (via kazumichimoriyama) (via otsune) (via yellowblog)

加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(朝日出版社、2009年)

近代日本が行った5つ(というか6つ)の戦争(日清戦争、日露戦争、第1次世界大戦、満州事変・日中戦争、太平洋戦争)について、日本がそのような戦争に至った理由は何か、日本をそのような戦争に駆り立てた状況はどのようなものだったのかを考える本。中学生・高校生を相手にした講義をもとに作られた本なので、時々生徒との対話が出てくるが、これが、面倒くさくならない程度に、上手く記述を読みやすくしている。本書から見えてくるのは、タイトルにもあるように、日本を戦争に駆り立て、次の戦争への準備に駆り立てるのは、時の為政者だけの仕業ではないということ。むしろその時その時の日本の市井の人たちが、意識的無意識的に、また、直接間接に、日本を戦争へと導いていくことになる。ただ、そういうふうな視点からこの本を読んでいくと、満州事変・日中戦争や太平洋戦争のあたりは、まだまだ記述が浅いように感じられる。当時の一般の人たちは、まぎれもなく、戦争を支持していた。そして、そのように戦争が支持されたのはなぜなのか。友人は、「自分の姿を国に投影し、国が戦いで勝って領土を広げることに喜ぶことで、自分の暮らしの悲惨を忘れようとしていただけだ」と言っていたが、たぶんそれもあるのだろう。そして、そのような思考方法というのは、個人主義・自由主義が根付かない日本の社会のあり方とも通じているのだろう。

前に見た「底辺の仕事をしてもいいが、底辺を相手にする仕事はするな」ってレスが心に響いたから
ちょっとおしゃれなところでバイトし始めたけど快適でワロタ

雑誌を出している出版社はほとんどが大手出版社です。逆に言うと、講談社、小学館、集英社など大手出版社はそもそも総合雑誌出版社なんです。多くの雑誌を出し続ける中で、とりわけコミック雑誌が大手出版社の売上や制作予算、雇用などに大きく貢献してきた。そして、紀伊国屋やジュンク堂といった一部の大型書店を除くほとんどの書店も雑誌の販売で成り立ってきたところが多い。小さな書店においては販売スペースも書籍より雑誌の方が大きい。その書店に書籍を売ってもらって書籍出版社も経営を成り立たせてきました。

日本の出版界は事実上、雑誌の背中に書籍がおおいかぶさる形で発展してきたのです。

近年の出版不況が意味するものは、広告収入で雑誌を支え、雑誌で稼いで書籍を売る、という日本型ビジネスモデルの終焉です。出版社のオーナーたちが捨てざるを得なかったものは看板雑誌ではなく、過去の成長モデルそのものでした。

昔の風習の間引きや赤子殺しは現代では非常に洗練された方法で大々的に実施されているのに、どうして姥捨て山の方だけは廃止されてしまったのでしょうか。 それどころか老人の権利は最近ますます強くなり、今では国のきちょうな資源をどんどん食い尽くして、さらにそれでも足りないといわんばかりにさまざまな政策が実行されています。

藤原正彦の国家の品格がベストセラーになっとき、このままでは国がもたないから、昔の日本の農村で若者を助けるために自分から姥捨て山に行った品格のある老人の話でも書いてあるのかと思ったら、さらに若者を虐げて、大きな既得権益を手にした自分たちのような老人をもっと尊敬しろというような内容だったので、思わず顔をしかめました。

「社内はもういつ倒産するのかという話題でいっぱい。しかもお嬢様、お坊ちゃまが多く、就職には困らないのでしょうね。つぎに何をしようかと楽しんでいるようにも見える。彼らはノー天気ここに極めけりです」
(取次関係者)

糾弾 ! ! : 倒産へのカウントダウンへKYな抵抗。沈没近い「講談社」の役員たちが人脈に総当り「なにか儲かる事業はないか」の電話にご用心。

いやあ、育ちがいいってホント財産ですよ。これは皮肉でもなんでもなく。代理店と違って上品だわw。

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コミュニティを支えるのは雑談なので、いかに雑談しやすいスペースを構築するかが一番重要、というかそれ以外はもうどうでもいいくらいだと思う
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